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スポーツ選手が長期離脱を余儀なくされるケガ

スポーツ選手が長期離脱を余儀なくされるケガ

スポーツドクター 川上 照彦 (吉備国際大学)

宮市、内田、ロイス…負傷に苦しむサッカー選手10選。長期離脱を経験した不運な男たち (Footballtribe, 2017.06.29.)

 ザンクトパウリのFW宮市亮が右膝十字靭帯を断裂したことが、28日クラブ公式サイトにて発表された。これで宮市はザンクトパウリ加入後2年間で2回の十字靭帯断裂。再び長期離脱を強いられることとなる。サッカー界には不運にも度重なる負傷で長きに渡ってプレーすることが叶わなかった選手たちが存在する。キャリアにも大きな影響を受けた10選手を紹介する。(Footballtribe, 2017.06.29.の記事より)



 少し古くなりますがFootballtribue2017に、ザンクトバウリのFW宮市選手が2回目の前十字靭帯断裂で試合から離脱を余儀なくされたときに出た記事です。その当時の負傷に苦しむ有名サッカー選手10名のケガと、サッカーからの離脱期間が詳細に書かれています。私は知らない選手が多いのですが、10名中5名が前十字靭帯損傷で、スポーツ選手にとっては重大なケガであることがわかります。
 『スポーツ選手、ケガ』でニュースをWebで検索してもその多くが前十字靭帯損傷です。そのスポーツ種目は多岐にわたり、サッカー、野球、バスケットボール、相撲、フィギュアスケート、バレーボール、ラグビーなどほとんどの競技に発生しています。前十字靭帯損傷というのは図1にみられる靭帯の損傷で、左図の如くこの靭帯が断裂すると大腿骨に対し下腿骨である脛骨が前方に容易にずれ、運動時に膝に不安定感を感じるだけでなく、半月板損傷や軟骨損傷をきたし、強い痛みを感じるようになる重大なスポーツ障害です。
 この前十字靭帯損傷の治療は手術療法であり、ほかの靭帯を移植する靭帯再建術が行われます。そのため長期にわたってスポーツができなくなり、競技復帰まで半年以上かかります。これまで前十字靭帯損傷はケガであり、起こったら起こったで仕方がない、と考えられてきました。しかし最近はこれを予防しようという試みがされるようになってきました。
 『 ACL injury incidence in female handball 10 years after the Norwegian ACL prevention study : important lessons learned 』というMyklebust等による Br J Sports Med 2013の論文には、ノルウェーの女子ハンドボールチーム、トップ3に前十字靭帯損傷予防プログラムを導入した10年の経過で、前十字靭帯損傷の予防が可能であったと記載されています。その予防プログラムは不安定板を使った訓練、バランスマット訓練、神経筋トレーニングを応用したハンドボール特殊訓練などを実施したとのことです。その経過を図2に示します。



 1998-99年、前十字靭帯損傷予防訓練開始前の1シーズン1チームの前十字靭帯損傷発生数が0.5近くあったものが、予防訓練をコーチに指導することで1999-2000年は0.4に下がり、フィジカルセラピストへの指導で0.3近くに抑えられています。予防プログラムを終了し、各チームに自由にさせると、2001-03年にかけて徐々に発生率が上昇し、0.5近くの予防プログラム開始前の状態に戻っています。2003-04年の間は調査されておらず、予防プログラムをやっているチームも無く、2004-05年の再調査で発生率が0.6近くまで上昇し、2005-06年の予防プログラムの講習会の開始とその配布で、発生率が0.2以下となっています。
 それ以降プログラムをウェブサイトで視聴可能とすることにより、2011年の調査終了まで前十字靭帯損傷の発生率が0.3以下に抑えられ、トレーニングのやり方によっては、ある程度、前十字靭帯損傷の発生を抑制することが可能だということがわかります。今FIFAでは11+というトレーニングプログラムを公開し、競技力の向上とともに障害予防をはかっており、日本でもその成果が報告されつつあります。また、日本バスケット協会なども障害予防のプログラムをすすめています。これからはケガと諦めず、チームとして障害予防に取り組んでいただきたいと思います。