脳の傷は見えない ーコンタクト・スポーツに潜む脳振盪と整形外科的視点ー
スポーツ医・科学 委員会
脳の傷は見えない ーコンタクト・スポーツに潜む脳振盪と整形外科的視点ー
野市中央病院 上田 英輝
大事な公式戦、頭部を強打した選手が「大丈夫です、出られます!」と駆け寄ってきたら、指導者の皆さんはどう判断されるでしょうか。
元NBA選手でBリーグ千葉ジェッツ所属の渡邊雄太選手が、大事な試合を前に脳振盪を起こし、欠場するという判断を下しました。その際、「無理して出場することはリーグのメディカルプロトコルでは一切許されない」「これを見ている中高生の選手たちにも、“脳震盪でも出ていいんだ”とは絶対に思ってほしくない」といった趣旨のメッセージを発信し、大きな話題を呼びました。コートに立ちたいという強い思いを抱えるトッププロですら、「自分の意志ではなく医学的判断に従うべきだ」と公に示したことは、地域スポーツや部活動の現場にとっても極めて重い指標です。
格闘技はもちろん、サッカーの空中戦やバスケットボールのリバウンド争いなど、激しい接触プレーで頭部に衝撃を受ける場面は日常茶飯事です。しかし現場で最も危険なのは、「気を失っていないから大丈夫」という思い込みです。実際、意識消失を伴う脳振盪は全体の1割程度に過ぎず、多くは頭痛やふらつき、視界のかすみ、思考の遅れといった「本人にしか自覚できない異変」として現れます。
「本人が出たいと言っているから」とプレーを続行させることは、絶対に避けなければなりません。脳の機能障害から回復しきっていない状態で短期間に二度目の衝撃を受けると、脳血管が制御を失って急激に脳が腫れ上がる「セカンド・インパクト症候群」を引き起こす危険性があります。医学報告において、この病態の死亡率は約50%、後遺症を含めた予後不良率は100%近いとされ、特に脳が未成熟な20歳以下の若年・発育期アスリートに圧倒的に多発するという明確なエビデンスが存在します。
また、スポーツ整形外科医の視点から現場に知っていただきたいのが「首(頚椎)」の重要性です。脳振盪は頭部への直撃だけでなく、激突時に頭が激しく揺さぶられる回転加速度によって生じます。高校アスリートを対象とした米国の研究では、「頚部筋力が強まるほど脳振盪リスクが有意に低下する」ことが報告されています。首まわりや体幹を鍛えておくことは、衝撃の瞬間に頭部と体幹を一体化させて急激な揺れを抑え、脳や頚椎への負荷を減衰させるバイオメカニクス的な防御策となります。
ただし、どれほど鍛えても不意の接触を完全に防ぎきることは不可能です。だからこそ、「首の強化による予防」と同時に、「受傷時の即時交代と段階的復帰プロトコル(GRTP)の遵守」という両輪が不可欠です。
目に見える骨折や靭帯断裂と同じように、脳の傷にも確実な治癒期間が必要です。「疑わしきは直ちに外す」。その勇気ある判断を現場全体で徹底していきましょう。
