大谷翔平ワールドシリーズ制覇の代償 左肩関節亜脱臼による関節唇損傷に対し手術 ―亜脱臼とは?関節唇損傷とは?―
スポーツ医・科学 委員会
大谷翔平ワールドシリーズ制覇の代償 左肩関節亜脱臼による関節唇損傷に対し手術―亜脱臼とは?関節唇損傷とは?―
川上 照彦(吉備国際大学)
大谷翔平は10月26日ニューヨークヤンキースとのワールドシリーズ第2戦の7回、二盗を試みた際左手をつき(図1)、左肩が抜けたと強い痛みを訴え途中退場しました。脱臼かと心配しましたが、直後の発表では亜脱臼であり、可動域、筋力に問題なく、翌日の試合にも出場可能とのことでした。
右肩関節前方脱臼と脱臼整復後の3DCT像(図2)を示しますが、脱臼では上腕骨の骨頭が肩甲骨の関節窩、受け皿から完全にはずれ、食い違うように前下方に存在しています。
初回脱臼例を手術しないで治療した場合、癖になって、何回も何回も抜ける反復性脱臼に移行する割合は若い人ほど頻度が高く、10歳代で90%以上、20歳代80%、30歳代50%と云われています。反復性に移行した人の脱臼の整復は比較的容易ですが、初回脱臼例、特に大谷選手のように若く、筋肉が発達している選手の場合、図2のような完全脱臼では麻酔もなく現場で整復する事は困難で、試みると拷問のようになります。まずは病院に行き、何らかの麻酔をしたうえでの整復が安全で、後遺症も残りにくいのです。今回の場合、病院に行く前に可動域制限や筋力に問題なく、亜脱臼だったとの報告があったのは、いったん抜けかかったけれど、自分で動かしている間に整復された亜脱臼だった、ということを裏付けているのではないでしょうか。
大谷選手はその後、走行時は左肩を安定させるように左手で襟元を持つようにしましたが、打撃は普通通り行い、ヒットも1本打ちました。もちろん従来のようにはいきませんでしたが、打席に立つだけで十分存在感があり、ドジャースの優勝に貢献しました。その後ドジャースは、大谷選手が11月5日に手術を受け、損傷した関節唇を内視鏡下に修復したとの発表を行いました。
(図3)に亜脱臼により損傷した関節唇、関節包・靭帯の簡略化した図を示します。関節唇は関節窩を取り囲む土手のような構造をしており、関節包・靭帯と一体化しています。軟骨様組織ですので、図2のようなレントゲンには写りません。関節軟骨には神経が無く、少し傷むぐらいでは痛みを感じませんが、関節唇は神経が豊富で、センサーの役割をしています。骨頭がどの位置にあるのか、抜けそうなのかを察知して、関節の周りにある筋肉に情報を送り、脱臼しないように関節の動きをコントロールしているのです。(図3)にあるように脱臼しかけ関節唇・関節包・靭帯が関節窩からはがれると、これをもとの位置にきれいに直さない限り、関節包・靭帯が緩んでしまい、反復性脱臼に移行してしまいます。また、関節包・靭帯がやられていなくても、関節唇がはがれたように浮きがあると神経が豊富なだけに骨頭に刺激されて関節を動かすたびに痛みを感じるようになります。したがって関節唇は元の位置にきれいに戻しておくことが必要なのです。こういった肩関節脱臼や関節唇障害の予防には、普段から肩関節周囲の筋肉の疲労をとり、鍛えておくことが重要です。