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膝前十字靭帯(ACL)損傷は予防する時代

スポーツドクター 上田 英輝(野市中央病院)

 東京オリンピック・パラリンピックはコロナ感染に邪魔されながらも無事に終えることができました。私も数多くの感動シーンをテレビを通して観ることができました。
 その中で女子バスケットの銀メダル獲得には本当に泣きそうになりました。バスケットという競技では背が高い選手が優位なのは道理ですが、そんな中で明らかに背の低い日本人がコート狭しと走り回って高い確率の3ptシュートを決める姿は痛快でした。

 しかし、その代表選手の中に渡嘉敷来夢の姿がありませんでした。彼女は10年近く日本の不動のエースとして活躍していましたが、2020年12月に右膝の前十字靭帯ACLを断裂する大ケガを負い、手術を受けてオリンピック開幕近くまでトレーニングを続けていたのですが、最終的に出場を断念したようです。執筆時点ではかなり回復されていて日本代表候補に復帰して合宿にも参加しており、次のパリ大会に向け日々練習されています。

 このように日本を代表するようなトップアスリートでもACLを損傷してしまうと、途端にパフォーマンスが落ちてしまいます。怪我の初期からある程度回復すれば走れますし痛みもそんなにありません。ただ、ステップをきったりジャンプの着地で容易に膝くずれしてしまいます。ダッシュをしてもストップできません。膝の前後・回旋の運動を制動できないからです。足首の捻挫などではギプスやサポータをつけていれば、ある程度は靭帯が再生補修してスポーツ復帰できますが、ACLは関節内靭帯のため自己治癒能力はほとんど働きません。従ってこのACLが損傷を受けるとほぼ回復の見込みはないという事です。そのため殆どの症例で靭帯再建手術を推奨することになりますが、復帰には1年近くかかることがザラにあります。競技別ではハンドボール、サッカー、バスケットボール、スキー、柔道での発生が多く報告されており、選手生命を脅かす怪我と言えます。

 そこで各競技協会ではACL損傷予防プログラムを立ち上げており、有名なところで国際サッカー連盟では「FIFA11+」https://www.jfa.jp/medical/11plus.html という下肢の怪我を予防するウォーミングアップメニューを公開しています。グラウンドや体育館で行え、用具を必要とせず、どの年代でも(小学校・中学校でも)行え、運動の強度、難易度が低く誰でもいつでも行えることが特徴に挙げられます。その効果として下肢の怪我のリスクが23%減少したと報告されています。ただし、予防効果を得るためには、毎回練習ごとに取り入れることが重要だと考えられているので継続性も大事なポイントです。

 一方でACL損傷を完全に予防出来る特定のトレーニングは残念ながら存在しませんし、スポーツの最中に怪我を予見することはほぼ不可能でしょう。ACL損傷に限らず下肢の怪我は走る・飛ぶといったスポーツの基本的な動作ができなくなるためパフォーマンスが著しく低下し、個人的にもチームとしても大きな損失になります。そのためこういった怪我しないコンディショニング作りを積極的に練習に取り入れることが世界のトレンドです。それは怪我防止だけでなくパフォーマンス向上にも繋がりますので、「練習前のアップはグラウンド走ってからストレッチだけ」なんて旧石器時代的なメニューから変えてみませんか?