> スポーツ医・科学委員会 > スポーツ医・科学豆知識 > 「チョーキング」とは?

「チョーキング」とは?

「チョーキング」とは?

スポーツ心理学 矢野 宏光(高知大学教育学部教授)

 「チョーキング(choking)」という言葉をご存じでしょうか?チョーキングとは直訳すると、”息が詰まる”、”窒息する ”というような意味で、「不安を感じ息苦しくなる精神状態」を意味しています。スポーツ心理学者のナイデファとセーガルは、「競技選手が自分のパフォーマンスが徐々に低下していると思われる時や、自身のパフォーマンスに対しコントロールを取り戻せないと思われるときに、チョーキングに陥る」と述べています(Nideffer & Sagal, 2001)。
 それでは、競技場面で選手のパフォーマンスを大きく低下させるチョーキングとは、いったいどのような要因によって引き起こされるのでしょう。これには、「内的刺激」と 「外的刺激」という二つの刺激が強く影響しているといわれています(Wangら, 2004)。内的刺激とは、「もし勝てなかったらどうしよう」とか「相手は自分よりきっと強い」のような否定的でネガティブな思考のことで自分の内部から刺激が生まれます。内的刺激が生じると、恐怖を感じ、筋は緊張し、疲労は高まり、心拍数や呼吸数も増加します。そして慌ててしまい、うまくタイミングが掴めなくなるのです。一方、外的刺激とは、様々な環境的要因のことで自分の外部から刺激が生まれます。試合場の騒音やコーチ・審判などの反応が気になり、注意力は競技とは無関係の方向に向かい、脳からは不適切な命令が出され、それによってパフォーマンスが低下します。つまり、選手が土壇場で最高のパフォーマンス(ピークパフォーマンス)を出すためには、身体的トレーニングや技術練習を継続するだけなく、効率的に内的・外的刺激に対処し、コントロール性を高めなければならないことがわかるでしょう。
 そこで、内的・外的刺激に邪魔されないようにするための心理的トレーニングとして、①セルフトークと認知的再構築、②メンタルイメージ、③集中力トレーニングが推奨されています。
 ①セルフトークと認知的再構築:セルフトークは自分自身とコミュニケーションする手段といえます。自らにポジティブな言葉で語りかけ励ますことで試合に対する自信と興奮を増大させることができます。また、筋はリラックスしているが精神的に集中できているという理想的な状態になるための「きっかけ」としてセルフトークが機能します。けれど、もともと強い緊張を伴う競技場面では、ネガティブな思考がポジティブな思考よりも生まれやすく、それだけにネガティブな思考をポジティブな思考へと書き換える(再合理化)認知的再構築が必要なのです。②メンタルイメージ:試合前・試合中の精神的準備をする中で最も重要なテクニックともいわれます。人はとかく初めてのことに不安を感じるものですから、なるべく普段の練習の中で、試合と同じ条件を設定して、試合の場面を繰り返し映像化し、イメージ上で何度もシミュレーションすることで、本番では余裕を持って競技に臨むことができます。③集中力トレーニング:まずは自分の行っている競技では、どのような種類の集中力が必要なのかを分析することから始め、その後、無関係なことに対する意識を必要な意識の集中に置き換える技術を習得します。予期せぬ状況に直面することを前提として、予期しなかった事態からできるだけ早く回復するため、具体的方法を体得することが求められます。それは、緊張状態の高低に対処するために筋弛緩法や呼吸法などを用い、状況に応じてリラックスや興奮をコントロールできる能力を身に付けるということです。
 少なくとも試合場でチョーキングに至ってから「さあ、どうしようか」では、せっかくのチャンスを失ってしまいます。「練習は試合のように、試合は練習のように」その普段からの心がけがピークパフォーマンスに到達する瞬間をつくるのです。 

【矢野宏光著 『剣道 心の鍛え方』(2018)体育とスポーツ出版社 から引用】