> 「レジリエンス」折れない心はどのようにつくられるのか

「レジリエンス」折れない心はどのようにつくられるのか

「レジリエンス」折れない心はどのようにつくられるのか

スポーツ心理学 矢野 宏光(高知大学教育学部教授)

 「レジリエンス(Resilience)」という言葉を耳にしたことはないでしょうか? この言葉、もともとは物理学用語で「弾性」を意味しますが、心理学的には「困難あるいは脅威的な状況にもかかわらず、うまく適応する過程、能力、あるいは結果」と定義されています(Masten,1990)。つまり、「レジリエンス」とは、逆境(脅威的な状況)から這い上がること、傷つき落ち込んでも通常の状況に立ち直っていくということの両方を意味します(図1)。日本では「回復力」「心の強さ」や「生きる力」という意味で使われることが多いようです。


 スポーツ・アスリートの中でも、ソチ五輪金メダリストの男子フィギュアスケートの羽生結弦(はにゅう ゆづる)選手(27歳)のレジリエンスの高さが注目されています。かつて、2014年11月の中国杯、フリープログラム直前の6分間練習で中国の閻涵(えん かん)選手と衝突したことを覚えているでしょうか。そのとき、顎を7針と頭を3針縫う負傷をしながらも競技を続行し、銀メダルを獲得。その後もケガの影響を抱えながらも、最下位(ランキング6位)でグランプリファイナルへの出場を果たし、そして最終的には逆境を乗り越えて日本人初となるグランプリファイナル4連覇という偉業を成し遂げたのです。

 じつはこの羽生選手、2歳の頃から喘息を患い、肺を大きく開いて息を吸い込むことができないために体力・持久力面で劣るというハンディを背負いながら競技を続けてきた人なのです。

 また、2011年3月には練習中に東日本大震災で被災し、スケート靴を履いたまま場外に避難するような事態に見舞われました。自宅も甚大な被害を受け避難所生活も経験しました。ホームのスケートリンクは閉鎖、彼は練習する場さえ失ってしまいます。そんな中で羽生選手は練習場を求めて全国を転々としながら競技生活を続けます。その過程では、震災によって多くの死者や行方不明者を出している時に、自分はスケートを継続していて良いのか苦悩しました。けれど、こんな時だからこそ、被災者に元気と勇気を与えるためにもスケートを続けるべきだと意欲を取り戻し、競技生活を続行することを決意したのです。どんな逆境にも屈しない羽生選手のレジリエンスは、様々な体験の中でつくり出されたものだといわれています。

 人は不遇な境遇に出会った時、①ソーシャルサポート(個人を支える環境と人をつくる)、②自己効力感(「できる」という見込み感を育てる)、③社会性(嫌なことがあっても他者と協調する力を育てる)の3つの力を発揮し、これらの力が発揮されるほどに心理的立ち直りが促進されるといわれています(佐藤・祐宗, 2009)。このストレス社会にあってレジリエンスの獲得は、心身の健康を維持するために欠くことのできないものであると言っても過言でないでしょう。

 さて、ソチ・平昌と2つの五輪で金メダルを獲得し、そして今年、北京五輪でオリンピック3連覇に挑む羽生選手がいったいどんなパフォーマンスをみせてくれるのでしょうか。「折れない心」を持った若きレジェンド・アスリートから目が離せません。

【矢野宏光著 『剣道 心の鍛え方』(2018)体育とスポーツ出版社 から一部引用】