> 肉ばなれをおこしたら

肉ばなれをおこしたら

肉ばなれをおこしたら

スポーツドクター 上田 英輝(野市中央病院)

 医学用語らしくない「肉ばなれ」ですが、実は正式な医学病名です。
 スポーツ動作の最中に特に下肢(太ももやふくらはぎなど)に「急に筋肉が切れたように感じる」という経験に基づく呼び名です。実際には筋肉の赤身部分と中を通るスジ部分が分離してしまい、痛みとともにチカラが入らなくなります。「ブチッ」「バチンッ」と音がしたとか衝撃を受けたとか表現されることが多いです。

 力学的には筋肉が収縮して短くなった状態の時に、逆方向に伸ばすチカラが急激にかかって組織断裂を起こします。従って急激なダッシュを始めるとき、ゴールに飛び込むとき、重いものを不自然な姿勢から動かそうとするときなどに生じます。
 スポーツでは陸上競技を中心とする走るスピードが速い競技とジャンプ系競技、パワー系競技によくみられます。受傷部位は太ももの裏(ハムストリングス)、太ももの前(大腿四頭筋)、ふくらはぎ(下腿三頭筋)などの下肢筋肉(70-80%)に起こりやすいですが、競技によっては体幹筋(腹背筋)にも生じることがあります。

 さて、そんな肉ばなれの対処方法ですが、受傷は瞬間に生じてほとんどの場合、痛みで運動継続できませんので異変を感じたらすぐにフィールドから離れて横になりましょう。精神論で痛みを堪えて走り続けても悪化する一途ですのでまずは安全な場所で休息します。
 局所では筋肉が凹んでいたりすることもありますが、概ね関節は小さくなら動かすことができるので軽症に感じる事もあります。実際は内部で内出血して腫れ始めるので時間が経つにつれ痛みも増してきます。痛い筋肉の上下関節をストレッチしてみて通常なら動かせる範囲が痛みで動かせないようなら痛めた可能性が高いです。そして怪我した時の応急処置の基本であるRICE(安静、アイシング、圧迫、挙上)をまず行いましょう。その際、下肢であれば股関節、膝関節は軽く曲げて力を抜いて、筋肉を緩めるよう心がけてください。更に患部に砕いた氷水を入れたアイスバッグを置き、弾性のあるバンドを軽く巻いて圧迫固定するとよいです。後にも述べますが、筋修復の妨げになるのが出血と損傷部の間隙です。出血を最小限にするための安静、アイシング、圧迫であり、間隙を広げないための筋弛緩が初期には重要です。一般に受傷後に痛くても歩けるようなら軽症、関節を全く動かせないようだと重症であることが多いです。
 病院での診察では重症度に応じて受傷部位、程度を評価するため超音波検査やMRI検査などを行います。痛めた筋肉、その部位、出血程度などから治療方法、期間を定めます。最重症では手術が必要な事もありますが数は少ないです。
 軽症な場合は1週間程度の安静(日常生活程度の歩行は許可、痛み増す場合は免荷歩行)した後、ストレッチ・筋力トレーニング・持久力訓練などを含むアスレティックリハビリテーションを行い、2〜3週頃を目処に競技復帰を目指します。
 中程度であれば安静期間は2〜3週間に延ばして免荷歩行を遵守してもらいます。その後はアスレティックリハビリテーションを6〜8週間行い復帰を目指しますが、より慎重な見守りが必要になります。重症で手術が必要な場合は復帰が更に伸びることになりますし、選手生命に関わります。

 残念ながらこういったケガでは治療期間を短縮できるうまい方法がありません。以前にも投稿した再生治療や高気圧酸素療法などといった方法もこういったケガの治療に応用されていますが魔法のような治療方法ではないのです。
 離れてしまった赤い筋肉実質とチカラ、骨に伝える腱の間をくっつけるのが肉ばなれの治療であり、これを早く治そうと思うなら、このすき間を初期からできるだけ最小にしたほうが有利ですね。なので受傷時に運動を続けると間隙が広がりますし、出血も増え修復がより遅れます。また間隙も赤身の筋肉が再生する訳ではなく、瘢痕(はんこん)組織という代替物を介して繋がります。瘢痕は受傷部に溜まった血液(血腫)から徐々に置き換えられますが、正常組織より強度が弱く成熟するまでに時間を要します。つまり回復にあたっては瘢痕組織の量は必要最小限にしたいので、受傷初期から間隙を減らして出血・血腫が大きくならないようにすることが大事であり、圧迫することが重要となってくるわけです。さらに、下肢を伸展したままでいると腱が引っ張られて縮み上がり間隙を増やす事に繋がりますから、関節を曲げて脱力しておくことも大事な処置治療になります。

 復帰時期についてはスポーツを前提にすると選手の早期復帰を優先しがちですが、再発も多いと言われており、「走れるからもう大丈夫」とは考えずに慎重に進めることです。また、今までのトレーニング方法や外的要因についても見直して再受傷しない体つくりを心がけてください。