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大谷翔平 満票でMVP選出 -膝の慢性障害を乗り越えて-

大谷翔平 満票でMVP選出-膝の慢性障害を乗り越えて-

スポーツドクター 川上照彦(吉備国際大学)

 大リーグ、エンジェルスの大谷翔平選手が今シーズン、最も活躍した選手に贈られるMVP=最優秀選手に選ばれました。日本選手の受賞は2001年のイチローさん以来2人目で、満票での受賞は大リーグで6年ぶりだそうです。
 彼は2018年に肘靭帯再建術、翌年膝の手術を受けていますが、打者としての活躍に膝の手術が大きく関わったことが大谷選手のインタビュー記事(大谷選手旋風を超えて。Number 第42巻19号 2021.9.24)から伺うことができます。


『速い球を引っ張るバッティングができるようになったのはなぜですか。今年はスイングの軌道もかなりアッパー気味に変わったように見えますが…?』(記者:石田雄太)

『スイングの軌道自体はずっと変わってないんですよね。とにかく去年は左膝が痛くて使えなかったので、そこにつきるというか…こういうふうに打ちたいな、というのはずっと思っていましたけど、それができない。膝を手術して、今年はそれができるようになったということです。』(大谷翔平)



 この記事より、下肢の痛みがパフォーマンスに如何に大きく関わるか解ります。膝の慢性障害を図1の痛みの局在で示しますが、①大腿四頭筋付着部炎 ②膝蓋靭帯炎(ジャンパー膝) ③鵞足炎 ④腸脛靭帯炎 等です。そのほか多いものとしては、関節の隙間に痛みを起こす半月板損傷ですが、これは外傷の部類に含まれるのかもしれません。これらの疾患は解剖学的構造物に過度に負荷がかかり、炎症を起こすもので、普段からストレッチ、アイシング等によりケアし、画一的なトレーニングを避けることにより防止することができます。
 では、手術までした大谷選手の障害は何だったのでしょうか。これは少し特殊なもので、有痛性分裂膝蓋骨といいます。



 図2にCT写真の三次元構築像を上げますが、まさに名前の通り、膝蓋骨が二つに分かれたものです。分裂膝蓋骨の頻度としては0.6~2%で、そのうち症状を認める有痛性のものは2%以下との報告があり、比較的まれな疾患です。原因は不明で、生まれつきと云われており、成長の過程で分裂したものがほとんどです。子供の時からあるために、大谷選手のように成人してから有痛性として治療されることは少ない疾患です。痛みの病態としては、膝蓋骨が二つに分かれているので、その結合部分の靭帯がゆるみ、動くことにより炎症を起こし、有痛性となります。XP(X線撮影)により診断は容易ですので、大谷選手に関しては、成人してからの膝を打撲するなどの外力か、またはトレーニングにより徐々に分裂膝蓋骨を止めていた靭帯がゆるみ、痛みを起こし始めたものと思われます。

 治療としてはまず、過度の負荷を避け、大腿四頭筋の緊張をとるようにストレッチ、アイシング等をしますが、痛みがとれない場合は分裂膝蓋骨の摘出等の手術的治療が一般的です。まれな疾患ではありますが、治療すれば確実に治りますので、困っている方は整形外科を受診してください。