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「セルフ・ハンディキャッピング」わざとやる気を出さない心理

「セルフ・ハンディキャッピング」わざとやる気を出さない心理

スポーツ心理学 矢野 宏光(高知大学教育学部教授)

 試験の時、「ぜんぜん勉強してこなかったぁ〜」と毎回言う人がいます。これには、テストの点数が悪かった時のために前もって理由を用意している場合が含まれています。人は自分にとってハンディキャップがあることをわざわざ他者に主張したり、自らにハンディキャップをつくり出したりすることで、自分の能力が低いことを隠そうとすることがあります。そして、それによって自尊心を保ち、傷つくことを防衛しているのです。心理学では、このような行為を「セルフ・ハンディキャッピング(self -handicapping)」(以下SHC)と呼んでいます(Jones & Berglas,1978)。
 バーグラスとジョーンズ(Berglas & Jones, 1978)という心理学者がこんな実験を行いました。「これからちょっと難しい課題をしてもらいます」という教示の後、続けて「その前にこの二つの薬のうちどちらかを飲んでもらいます」と二種類の薬を選ばせます。ひとつは、『一時的に能力を高くする薬』、もうひとつは、『一時的に能力を低くする薬』と説明します。でも、実際それは偽りで、二種類の薬はどちらもただの水なのです。注目すべきは、このとき課題に自信のない人ほど、能力を低くする薬を選ぶことが多かったという事実。でもなぜ? その理由は簡単。「失敗しても薬のせいにできるから」です。しかし、人はなぜセルフ・ハンディキャッピングのような行為をするのでしょう? それは、「結果がどちらに転んでも結局は自分にとって得になるから」なのです。つまり、失敗した時には、「準備する時間がなかったから」とか「体調が悪かったから」などの言い訳が準備されていますし、成功した時には、「たとえ準備が不十分でも、体調が悪くても、それでもうまくできる俺ってすごい!」と自尊心を高めることができるからです。話の続きがまだあります。じつは、セルフ・ハンディキャッピングをする人は、しない人に比べて成功の確率が低くなることがわかっています。それは、「どうせ失敗しても言い訳ができるから…」この偏った思考の習慣化により、一生懸命に努力しようとする気持ちが欠如していくからなのです。
 たしかに人間誰しも「傷つきたくない」「能力が低いことを認めたくない」と考えます。けれど、これが過度に強まることで行動にまで影響を与えてしまうのです。スポーツ場面では、あえて練習で手を抜く、困難な課題を選択しようとしない、体調不良やケガの訴え、観衆や審判による妨害の訴えなどもSHCにあたります。SHCは自信のない人や不安の高い人にみられる傾向ですが、スポーツの動機づけ(やる気)やチーム力にとっては決して好ましいものではありません。挑戦的な課題に全力でチャレンジすることで、選手は自分の現在の実力を明確にしていきます。けれど、失敗を恐れてあえて全力で練習や試合に取り組まない場合、ある程度自尊心は守られるかもしれませんが、コーチやチームメイトからの不信感をまねき、強い叱責や非難も避けられないでしょう。
 では、SHCを減少させる手立てはあるのでしょうか。新谷ら(2007)によると、進歩や上達を目的とする「課題目標」を持つ人は、能力を誇示し低い能力を隠すことを目的とする「自我目標」を持つ人よりも、SHCを用いないというのです。つまり、「もっとうまくなりたい」という純粋な課題目標こそが、単に自尊心を守りたいという「とらわれ」から自分を開放し、失敗の脅威を緩和することができるのです。所詮、努力のない成功によって、成長はないということですね。


【矢野宏光著 『剣道 心の鍛え方』(2018)体育とスポーツ出版社 から一部引用】