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コロナ禍での心と身体② 「PTG」コロナを自己の成長に結びつける

コロナ禍での心と身体②「PTG」コロナを自己の成長に結びつける

スポーツ心理学 矢野 宏光(高知大学教育学部教授)

 新型コロナウィルス感染症の影響で、人々は長期にわたり制限された生活を余儀なくされ、その結果、ストレスが原因となって心身の不調が引き起こされています。前稿では、コロナ禍においてストレスが無意識のうちに増幅し、自分で症状を自覚したときには重篤な状態に陥っている場合があることを指摘しました。
 安定した健康状態を維持するためには、心身のコンディションを正しく把握し、正確な情報と適切な対処を取ることが大切です。前稿には、厚生労働省が示しているストレスへの対処法と新型コロナウイルス感染症関連の情報が得られるサイトを紹介していますのでご活用下さい。

 ストレス研究の権威であるラザルス博士の「心理的ストレス理論」によれば、ストレスの捉え方や感じ方(認知)は人それぞれ異なるため、重要なのはストレスに対する“対処法”、つまり「コーピング(coping)」であることが述べられています(Lazarus,1993)。
 ストレスに対するコーピングは、その問題となっている出来事に焦点を絞って解決を目指す「問題焦点型対処」と、その出来事よりも自分自身の情動(感情の動き)に焦点を絞って心身の影響を緩和する「情動焦点型対処」の2つに分類されます。
 新型コロナウイルス感染症の拡大によって、目標としていた大会が中止になったことで、競技者はとても大きな「喪失感」を感じたことでしょう。けれど、この事態は個人の力だけでは“変えられない”出来事であるため、コロナ禍では問題解決にのみに焦点化する対処(問題焦点型対処)は不向きといえます。この場合はむしろ、“この事態をプラスに変化させるチャンスにできないか”という視点で情動焦点型の対処を用いることが有効だと考えられます。
 突然襲ってきた“逆境”を自分の成長の資源として活用するわけです。

 これまで、極度な逆境を経験した後、その経験がトラウマ(心的外傷)となり、激しい抑うつや不安などの「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」を引き起こすケースがある一方で、逆境をきっかけにそこから“成長”に結びつける「PTG(心理的外傷後成長)」というケースも起こりえることがわかってきました。
 悲惨でつらい経験をして、“一人の人間として一層強くなった”“新たな可能性に向けて行動するようになった”“人とのつながりの重要性を改めて認識した”など、以前より心理的機能が向上したことが報告されています。ですから、このコロナ禍で経験したストレスを伴うつらい経験も自己の成長(PTG)のきっかけとなる要素があるわけです。このPTSDとPTGを分けるために不可欠な要素が、「自己との対話」であるといわれています。

 トラウマを負った直後は、怒りや絶望を伴ったネガティブな感情に支配されます。しかし、徐々に“この制限された日々にどんな意味があるのか”“これからどう立て直していくか”というように、より建設的な思考プロセスに変化していきます。
 この際、ネガティブな感情と向き合う経験が非常に重要で、時間をかけながら起こった出来事を自分のなかで消化していき、心理的なもがきや葛藤を経た上で、前向きに思考する過程が必要なのです。このとき、自分と向き合うために有効な手法に「ライティングセラピー」があげられます(中村, 2020)。自身の経験と向き合いながら、具体的に心情を“書く”という行為がPTGにつながることが実証されています。

 新型コロナウイルス感染症の出現によって、様々なことが変化してしまいました。多くはマイナスの事象ですが、この窮地のなかで必要に迫られ、これまでできなかったことが可能となったプラスの事象も存在するはずです。

このコロナ禍での時間を無駄なものと考えず、この機会にこれからの競技、人生に活かすことができる「コーピング能力」の育成に充ててみてはいかがでしょう。