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コロナ禍での心と身体① “変えられること”“変えられないこと”

コロナ禍での心と身体①“変えられること”“変えられないこと”

スポーツ心理学 矢野 宏光(高知大学教育学部教授)

 新型コロナウィルス感染症の拡大によって、様々な活動は制限され、学校では対面授業からオンライン授業に切り替わり、会社員は在宅勤務となるなど、我々の生活様式は激変しました。このような長期にわたる自粛と制限が続いた結果、いま“心身の不調”を訴える人が激増しています。これを引き起こしている原因に「ストレス」があげられますが、ストレッサー(ストレスの要因となる刺激)は多様で人それぞれです。

 ストレスの厄介なところは、「自分で気づきづらい」という点です。ストレスのサインに気づかず、自覚症状が出たときにはかなりの重症になっていて、すでにうつ病や心身症に発展しているケースも珍しくありません。


【ストレッサーによる心身の反応】
①心理面 ― 活気の低下、イライラ、不安、抑うつ(気分の落ち込み、興味・関心の低下)等
②身体面 ― 体のふしぶしの痛み、頭痛、肩こり、腰痛、目の疲れ、動悸や息切れ、胃痛、食欲低下、不眠等
③行動面 ― 飲酒量や喫煙量の増加、仕事でのミスや事故、ヒヤリハットの増加等

 そこで、“ストレスとの上手な付き合い方を考え、適切な対処法をしていくこと”、すなわち「ストレスマネジメント(stress management)」の重要性が指摘されるのです。ストレスマネジメントのポイントは、「自身のストレスの状況を把握する」、「ストレスへの対処法(コーピング)の実践」といえます。


【自身のストレスの状況を把握する】
まずは、自身のストレス度を可視化してみましょう。簡単にストレス度をチェックできるサイトをご紹介しますので測定してみて下さい。
[ 簡単にできるストレスチェック(厚生労働省)https://kokoro.mhlw.go.jp


【ストレスへの対処法(コーピング)の実践】
 心と身体はつながっていますから、呼吸法(腹式呼吸法)やストレッチなど、手軽にできる身体運動を用いて心に働きかけをしてみましょう。また、困ったら自分ひとりで悩まず、相談できる窓口がたくさんあることを知っておいて下さい。他者に相談することで解決法が見つかり、早期に回復することが可能となります。

[ こころの耳(社会人向けサイト)(厚生労働省)https://kokoro.mhlw.go.jp/nowhow/nh001/

[ こころもメンテしよう(若者向けサイト)https://www.mhlw.go.jp/kokoro/youth/index.html

[ 新型コロナウイルス感染症対策(こころのケア)https://kokoro.mhlw.go.jp/etc/coronavirus_info/

 このコロナ禍で心健やかに生活するカギは、そのストレスが自分の力で“変えられるものかどうか”を判別することに他なりません。変えられないものにどれだけエネルギーを費やしても解決には至らないことを認識する必要があります。つまり、変えられるものにエネルギーを向けることこそ賢明な選択といえるのです。

 出口の見えない苦しい状況に直面したとき、『平安の祈り(The Serenity Prayer) 』という言葉が思い出されます。これはアメリカの神学者であり倫理学者の「ラインホールド・ニーバー(1892-1971)」がマサチューセッツ州の小さな教会で説教したときの祈りの言葉です(Niebuhr, 1943)。

神よ、「変えられないものを受け入れる落ち着き」と
「変えられるものを変えていく勇気」と
「その二つを見極めるかしこさ」を私にお与え下さい


 教会での説教のあと、新聞で取り上げられたこの言葉は、のちにアルコール依存症者(AA)のミーティングの最後に唱える言葉となり、現在では一般にも広く知られるようになりました。わずか3つのフレーズで構成された『平安の祈り』ですが、苦境のなかでも人生をより良く生きていくための教訓が集約されています。

 コロナウイルスによって大きく変わってしまった日常も生活様式も、事実として受け入れることから始まります。いくらコロナ以前の生活を懐かしんでも現状はなんら変わりません。しかし、人類の努力によってこれから変えていけることもあるはずです。少なくとも、自分自身の「心の世界」では考え方や態度を変えることで状況を変化させることが可能なのです。そして、“変えられないこと”“変えていけること”の二つを見極める力こそ、いまコロナ禍に生きる我々に必要ではないでしょうか。